地下室の人々

地下室にとって重要な人物であり、総合表現室 地下室のイベントには必ず関わっている人々を紹介致します。

各々がご来場いただいた方々の、心動かされる場面を一目見たくて、地下から覗いております…。

H1DEK1

ボーカリスト/詩人/イベント・オーガナイザー/ボイス・トレーナー/企画/製作/演出/脚本/ウェブデザイン 他
本名=増子秀樹
 

【年譜】 1973年生まれ(44歳)。幼少から音楽や唄になれ親しむ。

小学校の時『江戸川乱歩』に傾倒。この時から詩や文学も好む。
「唄」が楽しくて16歳で本格的バンドを結成。
17歳から熱心に音楽に取り組む一方、「歌詞」と「詩歌」は区別されている事に疑問を抱く。
18歳の時ドアーズのジム・モリソンを知り、「歌詞も詩歌で良いのだ」と、その呪縛が解かれた。
1992年にバンド『SHAMAN』(後のShaman~沙門~)を結成。

内田裕也氏の傘下で活動し、ジョー山中氏、安岡力也氏等と共演。

TV、ラジオ出演を果たすも望み通りうまくはいかず、より「真の表現世界」を具現化出来る環境創りを目指す。

2004年に「総合表現室 地下室」を立ち上げ、「線引きを取っ払え!」を合言葉に、表現世界の細分化の見直しを訴え始める。

この当時から三上寛氏と交流を深め始める。

2005年、音楽活動とイベント活動を精力的に行う。小暮shake武彦氏、三國義貴氏等と共に活動。

2006年5月にSHAMAN~沙門~解散とするが、オリジナルメンバーに新しいベーシストを迎えて音楽活動を再始動。

2010年、ニューアルバム『東京精神事情慕情~PERIOD~』をリリースするも1月にShaman~沙門~での長い歴史にピリオドを打った。

同2010年より自ら監督、脚本、演出、構成、主演、編集、音楽を担当し、映画『過ぎてゆく、時の中で…』を製作開始し、その他の活動を一時休止する。

2011年、総合表現室 地下室のイベント『地下室』『暗蔵』を再開。

2013年、再度一年間の休止を経て、『パンドラ』を始動。

2015年、一切の金品を盗まれ、活動を休止

2018年、音楽活動、総合表現室 地下室の活動を再開

スズキアキヒロ(バチケン)

​デザイナー、ドラマー(BOSTON CRUISING MANIA)(dryfishbutterfly)…H1DEK1が絶大な信頼をおいているデザイン・アーティスト。

地下室において、彼の作り出すチラシや看板(地下室はイベント毎に看板が用意されている)のデザインの評価は高く、寺山修司×横尾忠則=H1DEK1×スズキアキヒロのような関係であると言っても過言ではない。

またドラマーとしても活動しており、H1DEK1が監督、脚本、音楽を担当した映画の主題歌のドラムも叩いてもらっている。

酒井龍芳

​書家…2005年だから…もう8年以上も前になりますね。

日本画家の猪狩夏子女史からの紹介で、上野で最初のお話をさせていただき、表現者としての展望と作品を目にして交流が生まれ、今ではH1DEK1の親友でもある。

その繊細で温かくも力強い筆運びは他に類を見ない。

今回の映画の題字やチラシなどでの書も担当していただいている。

(財)中央書道美術院 常任理事・評議員 菜書芸院会長でもある。

村木弘典

​総合表現室 地下室スタッフ…表現者として表舞台に出ることは無いのだが、H1DEK1の信頼を厚く受けているスタッフで、映画の撮影の際や、イベントではディレクターの役目もきちんとこなしている。

かと思えば、ADの仕事まで機転を利かして行っている。

初期の地下室の活動の時は、某タレント事務所で働き、ライブハウス 初台DOORSでもスタッフとして働いていたノウハウを、現在では総合表現室 地下室でいかんなく発揮している。

 

表現提供の協力者という意味で、彼は立派な表現者である。

くつろぎ